先日、八王子の福の湯の撮影に行って参りました。
日本最高齢の現役銭湯絵師、丸山清人さんのペンキ絵がお目当てです。
国立市にある「鳩の湯」のペンキ絵の写真は以前に撮っていたのですが
富士山が男湯と女湯の間にまたがっているので写真にするとどうしても仕切りが入ってしまいます。
そこで丸山さんに直接「男湯と女湯の間にまたがっていない富士山を撮影したいのですが」と伺ったところ、
福の湯さんを紹介して頂いたのでした。
福の湯のペンキ絵
ペンキ絵はだいたい三年に一遍くらいの頻度で塗り替えられますが
福の湯さんは必ず一年に一遍、六月頃に塗り替えを依頼するそう。
なので今回、丸山さんの描きたてホヤホヤのペンキ絵を拝見することができました。
基本的に、一年ごとに富士山を女湯と男湯交互に描かれているそうです。
今年は女湯が富士山でした。
西湖からの富士山の眺め。
富士五湖は銭湯絵のポピュラーなモチーフです。
一方男湯は志摩が描かれています。
これは実際に福の湯さんに行って見て頂きたいのですが・・・・
男湯と女湯の間が新緑で繋がっています。
つまり、富士山と志摩がの風景がひとつらなりになっているという幻想的な風景になっているのです。
ペンキ絵の魅力の一つは、リアルな筆致でありながらも現実からピョンと軽快に逸脱した風景が描かれる点にあります。
富士の頂点に冠雪が残る季節、富士山周辺の緑が萌える季節、青い空と湧き立つ白い雲の季節。全てのモチーフにおいて最も美しく映える季節をいいとこ取りして組み合わせた架空の風景、それが銭湯絵だという話を聞いたことがあります。
だとすれば富士山と志摩がひとつらなりになったパノラマの風景、これぞ銭湯絵の本流の醍醐味といえましょう。
だとすれば富士山と志摩がひとつらなりになったパノラマの風景、これぞ銭湯絵の本流の醍醐味といえましょう。
開業前の時間を利用させて貰い、男湯と女湯を行き来しては堪能させて頂きました。
ペンキ絵の下部には今まで描いてきたペンキが積み重なった跡がみられます。
福の湯の歴史
浴槽はあつ湯とぬる湯に分かれています。浴槽の色が分かりやすいですね。
毎日日替わりで薬湯もやっているそうです。薬湯カレンダーを拝見した所「コーヒー湯」というのが月末にあったのですが、どのような薬湯なのでしょうか・・気になります。
福の湯の創業は大正時代。
最初は「宝湯」という名前だったそうです。
創業者は新潟の出身です。東京の銭湯経営者のほとんどは北陸三県の出身と言われていますが、福の湯もやはりそうでした。
関東大震災で倒壊してしまい、のちに自身の名前から一文字とった「福の湯」と改名して営業再開。現在に至るそうです。
ロビーにはいくつも絵が飾ってありました。なんとご主人の作だそうです。
「やっぱり銭湯やってるからか、水のある風景が好きなんだよねえ」
ペンキ絵も湖や海や滝が必ずと言っていいほど描かれています。
浴槽の水とひと続きに見せるためではないか、と銭湯研究家の町田忍さんは考察されていますが
福の湯のご主人の絵にも通じる思想があるように思いました。
絵の他にも彫像の収集など美術に多趣味なご主人のコレクションを眺めるのも福の湯の醍醐味です。