先日、国立本店で不思議なスマホケースと出会った。
妖精の顔や、虫や、タイヤなど色んなモチーフがランダムにちりばめられたデザインのスマホケース。
持ち主に聞いたら自分でデザインしたという。
「ここに描かれているのは全部、クルミに関係したモチーフなんです」
「この妖精の顔は何でしょう?」
「顔に見えるコレはクルミの冬芽です」
「じゃあタイヤは?」
「クルミの殻を粉砕するとスタッドレスタイヤの材料になるんです」
クルミという一本の木から広がる世界。
いや、広がるというよりも、一見無関係と思われるいろんな事象が「クルミ」という一本の木に収束されるダイナミズムを感じた。
推理小説みたいだ。
タメンタイ、という言葉が頭の中を巡った。
「描かれている虫はクルミの木に好んで集まるやつです。
樹木はパッと見ても種類が解りません。
枝葉や花の色かたち、生えている場所、そして群がっている虫などの複合的な要素から種を特定するんです。
昆虫はそれぞれ好きな木というのがありますから」
「そういえば、蝶は決まった花にしか止まらないって聞いたことがあるな」
「そうです、“ショクソウショクジュ”というヤツです」
食草食樹
ショクソウショクジュ?
初めて聞いた言葉だった。
ショクは「植」だろうか、「色」だろうか、「触」だろうか。
帰って忘れないうちにすぐ「ショクソウショクジュ」と書いたメモをポケットから出して検索した。
どうやら「食草食樹」という漢字らしい。
「食草食樹ハンドブック」という本があったので早速図書館で読んでみた。
そこには今まで全然知らなかったことが書かれていた。
たとえば同じアゲハでも種によって幼虫の食草は決まっていて
クロアゲハはミカンやカラタチの木に、キアゲハはパセリや人参、そしてアオスジアゲハはクスノキにしか集まらないそうだ。
人間に例えるなら、同じアジア人に見えても日本人は納豆を食べるし、韓国人はキムチを食べるし、中国人は何でも食べちゃう・・・・
みたいな感じだろうか。
でも外国人だって食べようと思えば納豆を食べられる。好きじゃないだけだ。
チョウチョほど偏食じゃあない。
でも、赤ん坊の頃に蓄えたたった一種の葉っぱが
体内で消化され、生命の純度を凝縮して、あの翅の綺麗な紋様を生み出すのだとしたら
健康のためにもっと色んな葉っぱを食べな!
と言うのは野暮な話なのかもしれない。
蝶も、しょっちゅうマックばかり食べてる私には言われたくないだろう。
昆虫好きの人は食草食樹を心得ていて、特定の虫に会いたい場合はその虫の食草食樹を探すらしいけど、
もし人間の食草食樹ハンドブックがあったら、私の頁には
「だいたい都内のマクドナルドを探せば発見できる。複数階あるマックの場合は最上階でポテトを齧っている可能性が高い」
と書かれるに違いない。
それにしても、「この虫はあの樹の葉っぱを主に食べる」とただ聞いただけでは
こんなにイメージは膨らまなかっただろう。
クルミを巡る推理小説、
「蝶は決まった花にしか止まらない」という思わせぶりの言葉、
そして「ショクソウショクジュ」という謎のキーワード。
これらがあいまって、食草という世界の裏口扉に私を導いてくれた。
センスオブワンダーに正門は無いらしい。