毎年恒例のイベント、℃-uteの日に行ってきました。
この日は奇しくも、つんく♂がハロー!プロジェクトの総合プロデューサーから引退するという大ニュースが発表された翌日。ハロプロ関係者のコメントが求められる中、℃-uteはハロプロユニットの中で最初に人前に出る形となりました。
当日の囲み取材では恩師つんく♂への想いが語られました。
つんく♂の闘病記に記されたハロー!プロジェクトへの想い
つんく♂の闘病手記「だから、生きる。」の発売日が9月10日だったのも深い縁を感じさせられます。
「だから、生きる。」に「℃-ute」という固有名詞は出てきません。
しかしハロプロという一大アイドル王国を築いたことに対する愛と誇り、思い入れの強さが随所に語られています。
2014年、新生モーニング娘。の記念すべきニューヨーク公演を控えた直前に、つんく♂は完全寛解したはずの喉頭ガンが再発していたことを知らされました。
一刻も早く再入院しなければいけない状況です。しかも飛行機に乗ると気圧で喉が圧迫され窒息死してしまう危険もあると警告を受けます。
しかしつんく♂は「最後のワガママ」と、無理を承知でモーニング娘。のニューヨーク公演に立ち会おうとするのです。
なぜそこまでしてモーニング娘。の公演を観たかったか?
そこには彼がどうしてもこの目で見てケリをつけたい想いがあったからです。
ニューヨーク公演を見事成功させた輝かしい娘。たちを見て、つんく♂は思います。
ニューヨークでモーニング娘。のライブに立ち会い、僕が歌えなくても、僕の言いたいこと、したいことは作品になって世に残ると納得することができた。
(「だから、生きる。」より引用)
つんく♂はハロプロの子たちが分身となって自分の歌を世に歌い続けてくれると確信した。だから声帯を摘出してでも生き延びる道を選べたのです。
異例づくしの℃-uteの日。まさかの初コンサートの完全再現
話を℃-uteの日に戻します。
10日の深夜、NHKでつんく♂の密着ドキュメンタリーが放送される予定でしたが、台風が2つも接近していて各地に被害が出ていたため緊急報道が組まれ、放送は延期になりました。
℃-uteヲタは「舞美ちゃん・・・・」と思いましたが、この話は別の機会に譲ります。
「だから、生きる。」の発売日。そして結成10周年の℃-uteによる「9月10日は℃-uteの日」の公演日。
その公演内容は最初から最後まで異例すぎるものでした。
まず開演の冒頭からいきなり寸劇が始まります。
中島早貴ちゃん扮する50代の売れない演歌歌手「中禅寺なき子」を中心に、℃-uteメンバー全員の演ずる歴代人気キャラが次々と総ざらい的に登場するコントなのですが、これが長い長い・・・・30分以上あったのではないでしょうか。
しかもコントの終わり方がやけに不穏。
中禅寺なき子が倒れて病院で昏睡状態になり、その後の容態が全く不明のままコントが終了。中継ぎに昔の映像を挟んだのち、コンサートが始まりました。
1曲目は「JUMP」。
℃-uteライブの定番曲で、ほとんどのコンサートで終盤の締めに歌われる曲です。
通常のイベントなら「たまには最初にJUMPが来る趣向もアリか」と思えるのですが、何しろ異例の“なき子”を観たばかり。盛り上がりはするものの何だか腑に落ちません。
すると1曲目が終わってリーダーの矢島舞美ちゃんによるMCが。
「お気付きの方もいると思いますが、今日は私たちが2007年に行ったデビューコンサート『始まったよ!キューティーショー』のセットリストを完全に再現しようと思います!」
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・・って、気付けない。そんなの1曲目にJUMP歌われただけで気付けないよ!
あと、いまさっきお腹いっぱいなコント観たけど、こっから更にコンサート一本分まるまるやるの!?
面食らう客席の反応をうかがうのもそこそこに、キューティーショーはグイグイと進んでいきます。
重ねに重ねて異例だったのは、なんと再現されたのは曲目だけでなく
間に挟まれるMCまで当時の完コピをしていたことです。
キューティーショーの頃はメンバー全員まだ小中学生。自己紹介も、客席への煽りも、全て台本でした。
デビュー当時は言わされてる感の強かった言葉たちも、年月を重ねて大人になった彼女たちの口を通すと血肉が通って聞こえます。というか、お仕着せの言葉を逆手に取って楽しんでいる余裕が感じられます。わざと当時の真似をして子供っぽく喋ってみたりして。
結局「始まったよ!キューティーショー」の再現は最後までほぼ忠実に行われ、アンコールのみ新曲の初披露となりました。
異例づくしの真の理由は?
ここであらためて、異例だった点を総ざらいします。
- 曲を挟まず最初から寸劇がはじまる
- 寸劇が異様に長い
- デビューコンサートのセットリストを再現
- MCも当時を再現
この中のどれかひとつだったら「今までも似たようなことあった気がする」という感じですが、これら全部盛りとなると話の様相が違ってきます。
もうひとつ異例と言うならば、これを行われたのが他ならぬ「℃-uteの日」だったということです。
℃-uteの日は、昔はそれこそ℃-uteの熱烈なファン向けに行われる、どちらかというと内輪向けで楽しまれたイベントでした。
しかし今や℃-uteの日はハロプロ屈指のドル箱イベントです。武道館2Days公演してしえる程のビッグタイトルで行うには、今回の内容は少々トガり過ぎなショーメイクだと言わざるを得ません。
そもそも今年の℃-uteの日の開催場所がZeppダイバーシティと発表された時からその異例さは始まっていたと言えるでしょう。
Zeppダイバーシティの収容人数は2500人。武道館のキャパシティ20000人と比べると規模は約10分の1です。
今乗りに乗っている℃-uteの代表的イベントがなぜ大幅な縮小になったのか?
その本当の理由はこちら側には分かりようもありませんが、
今回のようなトガッた演出をするにはおあつらえ向きの場所であったとは言えます。
結成10周年という節目で行われた℃-uteの「デビュー完全再現」。
そしてほぼ同時に発表されたつんく♂のプロデューサー退任と、闘病記の上梓。
このふたつの点の間に並々ならぬ感慨を結びつけてしまう、いかにもヲタ思考な自分がいます。
℃-uteとスタッフがつんく♂の退任発表を見越して今回のセットリストを作った可能性は低いです。
しかしつんく♂の現状が知らされた今、ハロメンたちに出来る恩返しは何よりも「つんく♂さんの歌を大切に歌い続けていく」ことに他なりません。
今回の℃-uteの日は知ってか知らずか、まさにその恩返しを真っ先に体現した形となりました。
他の人が作った曲は一曲も無い。
全編つんく♂作詞作曲の歌だけで構成されたセットリスト。
そしてつんく♂総合プロデュースの名の下に、かつて作られたMCと演出。
昔つんく♂プロデューサーがデビューしたばかりの℃-uteに与えたつんく♂ワークスの限りを、アイドルオブアイドルと呼ばれるまでに成長した彼女たちが忠実に再現する。
それは、再現であって再現じゃないのでした。
当時の幼い彼女たちには不釣り合いで、背伸びしないと歌えなかった大人な曲は今の彼女たちにピッタリとフィットして歌われ、
当時どういう振り付けで踊っているかもあやふやだったダンスは一糸乱れぬキレの良さで魅せる。
まるでつんく♂ワールドの完成体?いや進化系?をみせられた気分です。
そして当の℃-uteたち自身も、つんく♂のことを思いながら全曲を歌い通したに違いありません。
2015年9月10日は後にハロプロの大きな転換点として歴史に刻まれるでしょう。
つんく♂がモーニング娘。のニューヨーク公演を観て明るい未来を確信したように、今日の℃-uteの日公演で「つんく♂の歌はこれからも歌い継がれていく」と私は確信しました。
「10周年を迎えて、今回はZeppということで、どういうセットリストにするかメンバーとスタッフさんとたくさん考えたんですけど、10周年を迎えての“新しいセットリスト”になったんじゃないかなって思います。」── 萩原舞
(BARKSより引用)
℃-uteが10周年を迎えるに当たって導き出した“新しいセットリスト”。
そこには、かつてつんく♂がユニット名の「℃」に込めたのと同じ熱い気持ちが込められていました。
最後はこの日歌われた曲の歌詞で締めくくりたいと思います。
たとえ今はわからないことがあるとしても
笑える日が来るんだから
「桜チラリ」
たとえこの先どんな出来事が起きたとしても
たとえこの先何か大切な日が来たとしても
二人で手と手合わせて 季節を越えて愛し合おうよ
二人で未来見つめてOh Yeah
「YES!しあわせ」