先日(2015年3月7日)、辰巳ヨシヒロ先生が永眠されたそうです。
訃報:「劇画」の生みの親である辰巳ヨシヒロ氏が永眠されました。http://t.co/FFPOmtIuOs
— 青林工藝舎 (@seirinkogeisha) 2015年3月9日
劇画の成り立ちは、辰巳ヨシヒロ氏の自伝的マンガ「劇画漂流」に詳しく描かれています。
辰巳氏はこの作品で2009年に手塚治虫文化賞大賞、2010年にアイズナー賞最優秀アジア作品/最優秀実話作品受賞を受賞しています。
文庫化もされたようですね。
劇画って、なに?
さて、劇画史における中心的存在・辰巳ヨシヒロ。
・・・・と言いますが、
「劇画」って何となくは分かるけど、つまりはどういうマンガのジャンルでしょうか。
これを簡潔かつ正確に答えられる人はあまり居ません。
なぜなら「劇画」というジャンルは
「SF」や「ギャグ」や「ホラー」というように
ストーリーと絵の「内容」で決まるジャンルではなく
ストーリーと絵の「概念」で決まるジャンルだからです。
なので描いている人が「これは劇画だ」と思って描けばそれは劇画だし
読む人が「これは劇画的な内容だ」と思えば
それは劇画になるのでしょう。
というのが私の考えです。
では「劇画的な内容」とは何か?
ウィキペディアには
一般的には(略)写実的な作画で青年向けのシリアスなストーリーを描くものを指して劇画と呼ぶことが多い。
と書かれています。
そこで、”劇画家の代表的人物”である辰巳ヨシヒロ氏の絵を見ると・・・・
「シリアス」ではありますが、「写実的」とは言い難い画風です。
辰巳氏の絵を見て
「あれ、劇画って自分の思ってた感じと違う・・・・?」と違和感を覚えた人も居るのではないでしょうか。
そのちぐはぐさの元は、
「劇画」を最初に提唱したマンガ家たちの思い描く「劇画とはこうあるべき」というスタンスが各々でまるで違った為に起きてしまった現象です。
「劇画」の誕生当初に内包されていたテーマは、すごく乱暴にひと言で言うと
「アンチ手塚治虫」です。
子供向けのファンタジーではなく青年向けの社会的なリアリズムを、
夢のある内容ではなく、貧困や暴力といった現実を。
そんな新しいマンガを描こうと志した若きマンガ家たちが
「劇画工房」という名のグループを結成しました。
しかし「劇画工房」はすぐに解散。
解散後の劇画工房メンバーはそれぞれ、てんでバラバラな「まんが道」ならぬ「劇画道」を歩み始めます。
これが後に「劇画」という言葉の定義のあやふやさに繋がっていきます。
辰巳ヨシヒロとさいとうたかを
元劇画工房メンバーの中で一番売れっ子になったのはさいとうたかをでした。
だから現在において劇画の代表作と言われるとさいとうたかをの代表作「ゴルゴ13」を連想されがちだし、
「劇画調の絵」イコールさいとうたかを調の絵と思われがちな所がありますが、
それは劇画創成期の劇画家の中でさいとうたかをが一番メジャーになったが為の結果論でしかありません。
もし辰巳ヨシヒロがマガジンやビックコミックでヒット連載を飛ばす作家になっていたら、辰巳の丸みを帯びながらも哀切漂う画風が「劇画調」と言われていたでしょう。
(弱者や貧困者に寄り添う辰巳氏の作風と思想から言って、ビッグヒットしたという仮説は中々想像しにくいですが・・・・)
「青年にも読みごたえのあるリアルなマンガ」
である「劇画」を、主に絵の面で追求したのがさいとう作品、
主にストーリーの面で追求したのが辰巳作品である、
と言ったら分かりやすいかもしれません。
方向性は全く違いますが、辰巳氏もさいとう氏も己の信ずる所の「劇画」を描いているので、どちらがより「本格的な劇画」であるかという問いに正解は無いし、では「劇画」を作ったのは誰か、という問いにも正解はありません。
なので、各メディアが報道した逝去の見出しは
「劇画」生みの親・辰巳ヨシヒロさん死去 79歳、悪性リンパ腫のため : 社会 : スポーツ報知
というように「生みの親」と書いている所もありますが、ほとんどのメディアでは
マンガ家の辰巳ヨシヒロさん死去 「劇画」の名付け親:朝日新聞デジタル
のように「命名者」と見出しに書いています。
「劇画」の概念を生んだのが辰巳氏一人とは言い切れないし、「劇画」を世に広めたのも辰巳氏一人ではありません。
しかし「劇画」という名前を考案したのは間違いなく辰巳氏なので、そういう見出しになるのでしょう。
劇画とは何か?まとめ
私は劇画が好きですが研究している訳ではないので
この記事の内容に関して厳しく突っ込まれないことを願うばかりです。
「劇画って何となくは分かるけど、結局なんじゃらほい?辰巳ヨシヒロってどんなマンガ家だったの?」
と気になった人に向けて書いてみました。
それぞれの人の心の中に、その人だけの思い描く「劇画」がある!
私は劇画を、そんな懐の深い文化だと思っています。
作品を描き続け、時には語り部になる事で劇画文化をずっと支えていて下さった辰巳ヨシヒロ先生、
有難う御座いました。
安らかにお眠り下さい。